誰がどう使うのかまで設計して、はじめてAIは価値になる
INTERVIEW
AIエンジニア
W・X
大学院で画像処理を専攻し、卒業後は大手セキュリティ会社の研究所へ研究員として入社。熱画像カメラを用いたセンシング技術の研究に十年以上従事し、転倒検知や非接触でのバイタルサイン計測などを手がける。その後は開発部門へ移り、大規模言語モデルを用いた高齢者向けの会話サービスを担当。2026年4月にインキュデータへ入社。現在はテクノロジーイネーブルメント部にて、生成AIやAIエージェントを用いたソリューションの設計・開発に携わっている。
熱画像で、人の安全を支える技術をつくってきた
前職は大手セキュリティ会社です。十五年以上在籍し、そのうち十一、二年ほどは研究、その後は開発に携わっていました。
研究時代に扱っていたのは、熱画像カメラを使ったセンシング技術です。遠赤外線によって温度を捉えるカメラで、防犯用途はもちろん、転倒検知や非接触でのバイタルサイン計測にも応用できます。
人の安全や安心な暮らしを支える技術、と言えばイメージしていただけるでしょうか。セキュリティの領域から始まり、気づけば医療や介護に近い分野へと広がっていました。社会的な需要も、そちらへ向かっていたのだと思います。
特許もいくつか出願しました。転倒検知に関するものが一件、侵入検知の誤報を減らす技術が一件です。
ここ数年は生成AIの進化が急速だったこともあり、開発部門に移ってからの最後の一年は、大規模言語モデルを用いた高齢者向けの会話サービスに携わりました。クラウド上にシステムを構築し、業界のイベントでも発表しています。
モデルの性能だけでは、価値にならない

そのころから感じていたことがあります。モデルの性能を高めるだけでは、必ずしも価値につながらないのではないか、と。
高齢者向けのサービスが、まさにそうでした。モデルが賢く、速く応答できたとしても、それが利用する方に合っているとは限りません。誰が、どのような場面で、どう使うのか。そこまで設計して、はじめて価値が生まれる。エンジニアを長く続けてきた中で感じてきたことです。
そこで転職にあたっては、データやAIの技術だけでなく、企業が抱える課題や業務変革まで含めてAIを活用できる会社を探しました。
入社の決め手は二つあります。一つは、データ、AI、コンサルティングのそれぞれに専門性を持つ人が揃っていて、エンジニアもお客さまの課題に近い距離で仕事ができることです。
AIを扱う会社では、モデルをつくる人、システムをつくる人、コンサルティングをする人の役割が明確に分かれているケースも少なくありません。インキュデータでは、それぞれが比較的近い距離で、一緒に考えるかたちを取っています。
もう一つは、面接のたびに「この会社は人柄がいいな」と感じたことです。三回の選考でお会いした方はいずれも話しやすく、「この部署で働けたらいいな」と素直に思えました。
データが見えないまま、AIエージェントを設計する

現在担当しているのは、企業の経営層や経営企画の意思決定を支援するAIエージェントのプロジェクトです。
お客さまが抱えていたのは、審議会に上げる資料のレビューに時間がかかるという課題でした。経営企画のごく少人数が資料をチェックしてレビューを書き、差し戻されたものを再び確認する。そのキャッチボールがどうしても長くなってしまいます。
さらに、どのように修正すべきかという判断基準が担当者の頭の中にあり、ほかの方へ共有する手段がありません。新しく入った方が資料を作る際にも、その知見を十分に活用できない状態でした。
少人数でのチェックには限界があり、審議会で指摘を受けてしまうこともあります。CXOの方々が目を通す前に、論点の抜けやリスクの記載を確認し、資料の質を高めたいという要望がありました。
一番難しかったのは、案件が始まる直前です。私は事前に、この会社で想定される議論をもとにデモをつくっていました。ただし、それは実際のデータをいただけることを前提にしたものでした。
ところが、審議会に上がる資料は社外はもちろん、社内でもアクセスできる人が限られており、私たちが見られない可能性があると聞かされました。元となるデータを見られない状態でナレッジベースを設計するようなものです。当初は、かなり難しいと感じました。
ただ、後から考えれば、企業の三年後、五年後に関わる経営情報を、簡単に社外へ出せるはずがありません。これは特定の企業に限らず、多くの会社が抱える問題なのだと思います。
そこで、二つの視点を突き合わせる仕組みにしました。一つは、一般的なCXOが意思決定の際に重視するポイントを、外部情報から整理したもの。もう一つは、過去の議事録や経営方針から得られる、その会社固有の視点です。
両者が一致するところは、そのまま指摘として活用できます。一方で、一致しないところにこそ、その会社固有の考え方が表れます。そこを暗黙知を持つ方にチェックしていただき、承認のプロセスを経てナレッジ化する。利用を重ねながら、その会社に固有の知見が蓄積されていく設計にしました。
幸い、最終的には専用の環境でデータを確認できるようになりました。現在は五つのエージェントに分割し、将来的にお客さま自身で運用・改善していける状態を目指して、できるだけ構成をシンプルにしながら効果を検証している段階です。
AIで何ができるか、ではなく、課題から考える

工夫しているのは、AIと人の役割分担の設計です。何を指摘し、何をあえて指摘しないのか。どの情報を優先するのか。そこはお客さまと一緒に調整しながら、一つ一つ決めています。
実際にユーザーの方とやりとりする中では、「ここは改善してほしい」といった要望も出てきます。AIにどこまで任せ、どこから人が判断するのかも含めて、利用する方と一緒に調整していく必要があります。
私はエンジニアリング志向が比較的強いほうだと思います。ただ、「AIで何ができるか」というところから始めるのではなく、お客さまの課題に対してAIをどう使うべきか、そもそもそれは解決すべき課題なのか、というところから考えるようにしています。
技術の進化は速く、いま持っている知識だけでは追いつきません。自分で調べ、学び続ける必要がありますし、お客さまに近い場所にいる以上、お客さまへのヒアリングやソリューションの評価にも自ら関わります。
エンジニアであっても、お客さまの業務を理解する必要がある。自分の専門だけで完結できる仕事ではありません。
その点、社内には各分野に強い方がいます。データに強い方もいれば、ビジネスに強い方もいます。他部署の方もフレンドリーで、気軽に相談できる空気があります。
技術と課題設定、両方の視点を持つ人材になりたい

これから目指したいのは、エンジニアリングとコンサルティング、その両方の視点を持つ人材です。企業が抱える複雑な問題を整理し、AIの仕組みに落とし込めるようになりたいと思っています。
AIエンジニアとして技術を深めることは、もちろん続けます。それと同時に、課題設定や論点整理といった、より上流の領域についても一緒に考えられるようになりたいです。日々ほかのメンバーと交流しながらさまざまな知識を吸収し、そこへ近づいていければと思っています。
余談ですが、私は料理が好きで、以前は寿司を握る教室を開いていました。二百人ほどの生徒さんがいましたが、皆さん料理を学びに来たというより、その場で誰かと交流することを楽しみに集まっていたように思います。
食べながら、最近のことや悩みごとを話す。私は、そうやって人と話しながら一緒に何かを考える時間が好きなのだと思います。仕事もどこか、それに似ているのかもしれません。
※こちらのインタビューは、2026年9月に行いました。(撮影場所 WeWork 日比谷FORT TOWER)