モデリングで進化するマーケティング戦略 顧客セグメントをデータで精緻化し、効果的な広告運用とCRM施策へ
現代のマーケティング環境においてデータの収集は当たり前になりましたが、「データはあるが活用法がわからない」「データに基づく意思決定の方法が不明確」「データを十分に使いこなせていない」といった悩みを抱える企業は少なくありません。本稿では、顧客データを分析して活用するマーケティング手法について掘り下げます。基本的な顧客セグメントの活用とともに、より高度な分析手法である「モデリング」により、精度の高いターゲティングを実現し、マーケティング活動の効果を最大化できます。
Contents
1.顧客セグメントを活用したファネル移行の促進
2.高度なデータ分析「モデリング」でマーケティングを進化
3.顧客データから確かな価値を導き出す
1. 顧客セグメントを活用したファネル移行の促進
マーケティング活動を改善する際には、顧客のセグメンテーションを実施してターゲットごとに適切なメッセージを届けることが重要です。
それぞれの層に合わせたアプローチを行うことで、効果的に行動を促し、成果を最大化できます。
1.1 顧客セグメントの基本アプローチとその課題
顧客セグメントは、購買の有無と購買確率(購買の特徴を持つか)の二つの軸で区分すると、四つのセグメントに分けることができます(図1)。
まず、「優良購買群」は、すでに購買しており、購買の特徴も持つ層で、典型的な優良顧客に該当します。この層の特性を分析し、類似した特性を持つ新規顧客を獲得することが望ましいです。「不確定購買群」は、購買経験はあるものの、購買の特徴が不明確な層にあたり、一度購入したものの、その理由がはっきりしない顧客が含まれます。
「ポスト購買群」は、まだ購買に至っていない層です。購買の特徴を持つことから購買の可能性が高くナーチャリングの対象として適しています。「未優良購買群」は、購買の特徴を持たず、購買経験もない層であり、アプローチの優先度は低くなります。
この分類をもとに、特に「優良購買群」の特徴を理解し、その特性に基づいた新規顧客獲得戦略を立てることが重要です。 従来の「購買履歴のある顧客リスト」を活用した拡張配信※1では、「不確定購買群」も含まれてしまうため、LTV(顧客生涯価値)の向上を効率的に進めることが難しくなります。「優良購買群」に焦点を当てた戦略を取ることで、より質の高い顧客基盤を構築し、長期的な収益向上につなげることができます。
- 拡張配信: 広告の配信対象を、年齢や性別などの属性情報に加え、興味関心や行動履歴などの情報に基づいて広げる配信方法。自社の顧客セグメントなどを用いて類似するターゲット層に合わせた広告配信をすることで、広告効果の向上が期待できる。
これらの顧客セグメントの中から優良購買群を増やすには、マーケティングファネルの各段階に応じたアプローチが効果的です。顧客のファネル段階(潜在層、興味関心層、検討層、購入層など)に合わせたコミュニケーション設計により、各段階に最適なメッセージを届けることができます。例えば、「ポスト購買群」の顧客に対しては、彼らが持つ購買特性に合わせた提案や、購入を後押しするようなメッセージを送ることで、購買行動を促進します。
潜在層(未優良購買群)には商品やサービスの基本的な価値を伝え、興味関心層には具体的な特徴やメリットを紹介し、検討層には競合との違いや詳細情報を提供するといったように、ファネル段階に応じてコミュニケーション内容を変えていくことで、顧客を段階的に購買へと導けるようになります。
しかし、セグメンテーションやファネル設計を行っても、CRMツールを通じてメッセージを届ける方法には課題があります。メールマーケティングの平均開封率は一般的に10~20%程度、LINEなどのメッセージングアプリでも30~50%程度にとどまるとされ、つまり最大で90%のユーザにアプローチできていないことになります。
この課題を解決するには、CRMと広告配信を組み合わせたアプローチが効果的です。CRMでリーチできない層に対しても、1stパーティデータを活用した広告配信により、より広範囲な顧客にアプローチできるようになります。両者を組み合わせて、セグメンテーションとファネル設計の効果を最大限に引き出すことができます。
1.2 広告配信によるCRMの補完
CRMでリーチできない層へのアプローチとして、カスタマーデータプラットフォーム(CDP)に1stパーティデータを蓄積している場合、そのデータを活用した広告配信が効果的です。CRMでは主に既存顧客とのコミュニケーションを強化するのに対し、さまざまなチャネルから収集した顧客データを統合・管理するCDPは、オンライン広告やパーソナライズ施策にも活用できる点が特徴です。
特に、メールやLINEを送っても開封されない層には広告配信を組み合わせることで、より広範囲のユーザにアプローチできます。具体的には、CDPに蓄積されたデータをもとにセグメントを抽出し、広告媒体と連携することでターゲティングの精度を向上させます。その上で、各セグメントに最適なバナーやランディングページを設計し、顧客のファネル段階に応じた広告を配信することで、ターゲットに適したメッセージを届けることが可能になります。
広告配信によるCRMの補完事例インキュデータがご支援したメーカ様では、会員向けにメルマガ配信を行っていましたが、未開封者が8割ほどいる状況でした。そのため、ナーチャリング効果は開封者に限られ、多くの潜在的な顧客にリーチできていませんでした。
この課題を解決するために、同社はCDPに蓄積された1stパーティデータを活用し、メルマガ未開封者へ広告配信を行うアプローチを実施しました。CDPから抽出した二つのセグメント(会員でメルマガ未開封者かつ潜在層、非会員で自社サイトアクセスユーザ)に対し、ナーチャリングを促すWeb広告を配信し、潜在層を起点としたファネル移行を計測しました。
その結果、配信予算内でメルマガ未開封者の約11%にリーチでき、そのうち約6%のファネル移行(潜在層から興味関心層へ)を達成しました。特筆すべきは、会員向けの広告配信が、非会員向けと比較して約4倍高いファネル移行率を記録したことです。また、メルマガ配信単体と比較しても、広告配信によるアプローチは遜色のない効果を示しました。
2. 高度なデータ分析「モデリング」でマーケティングを進化
ここまで、CRMと広告配信を組み合わせて優良購買群を増やす取り組みを紹介しましたが、従来の広告運用やデータ活用にはいくつかの課題があります。それを克服してより精緻なマーケティング活動を行えるのが、統計モデルや機械学習モデル(以下、モデル)を用いるモデリングです。
2.1 データ活用の課題
企業のデータ活用が進む一方で、多くのマーケターは新たな課題に直面しています。一般的に、データを集計後グラフ化してレポートを作成する手法が用いられますが、大量のデータを包括的に評価するには限界があります。特に、複数の要因が絡み合う場合、単純な集計では相関関係や因果関係を正しく把握できません。
また、「見たいデータだけを重視する」というバイアスも問題です。例えば、売り上げの増加に注目する一方で、成長の鈍化や離脱率の上昇といった重要な指標を見落とすことがあります。このようなバイアスがあると、データ分析の本来の目的である客観的な意思決定が難しくなります。
マーケティングでは、「要因の把握」と「予測と打ち手」の二つが重要です。顧客の購買要因を正しく理解し、どのような顧客が将来購買する可能性が高いのかを把握することで、効果的なマーケティング戦略を立案できます。しかし、こうした分析を単純な集計やグラフから導き出すことは容易ではありません。
この課題を解決するには、「モデリング」のアプローチが有効です。これにより、データの相関関係や購買要因を精度高く特定し、適切な打ち手を導き出すことが可能になります。
2.2 モデリングの基本概念と活用意義
モデルとは、物事を説明するための枠組みであり、マーケティングにおいては主に「結果への影響の評価」と「将来の予測」の二つの目的を達成できます。
「結果への影響の評価」とは、どの要因がどの程度、売り上げや顧客の優良性といった目的変数に影響を与えているかを定量化することです。例えば、特定の顧客属性や行動パターンが高いLTVにつながるかどうかを明らかにできます。
「予測」では、構築したモデルを活用し、将来の結果を推測できます。例えば、新規顧客がどの程度の確率で購買に至るかを予測し、適切なマーケティング施策につなげることが可能になります。
モデルを構築する際には、「目的変数」(売り上げや購買の有無など、分析対象となる指標)と、「説明変数・特徴量」(目的変数に影響を与える要因であるデモグラフィック情報や購買履歴、会員情報など)を適切に設定することが重要です。購買行動にはさまざまな要因が複雑に絡み合っており、単一の要因だけで判断することは困難です。例えば、「30代・会社員・過去に商品カテゴリA・B・Cを購入した男性」と「30代・自営業・過去に購入履歴がなく、商品カテゴリA・Dに接触した女性」では、購買行動の傾向が大きく異なります。
顧客ごとに異なる要因が絡み合う中で、モデルを活用すると、購買に影響を与える複数の要因を統合し、購買確率として数値化できます。これにより、データを直感的に理解しやすくなり、より客観的な意思決定が可能になります。
2.3 モデルを活用した広告効果の検証・改善
モデルを活用することで、従来の手法では解決が難しかったさまざまな課題に対応できます。ここでは、三種のアプローチを紹介します。
TVCMやYouTube広告の実購買への効果計測
TVCMやYouTube広告などのデジタル広告は、実店舗での購買行動に影響を与えることがありますが、これまでその効果を正確に測定することは容易ではありませんでした。この課題に対し、Google が提供する因果推論手法「CausalImpact」を活用することで、広告の影響をより精緻に推定できます。CausalImpactは、広告が配信されなかった場合の「反実仮想(counterfactual)」を推定し、実際のデータとの差分を分析することで、広告の純粋な効果を測定します。そして、実測値と広告非配信時のシミュレーション値を比較し、広告がどれほど売り上げやコンバージョンに寄与したのかを定量化します。このアプローチにより、従来の単純な比較では除去できなかったさまざまなバイアスを排除し、より正確な効果測定が可能になります。
広告接触が購買に影響するユーザの特定
広告は、全ての顧客に同じ影響を与えるわけではありません。そこでアップリフトモデリングを活用すると、広告が購買行動を促進するユーザを特定できます。このモデルでは、顧客を以下四つのタイプに分類します。
1.鉄板層:広告がなくても購買する層
2.説得可能層:広告によって購買が促進される層
3.あまのじゃく層:広告を見せるとかえって購買しなくなる層
4.無関心層:広告の有無に関係なく購買しない層
マーケターが注目すべきは、説得可能層です。この層に広告投資を集中させることで、より高い効果を期待できます。一方、鉄板層に広告を配信しても、すでに購買が見込まれるためコスト効率が下がり、不要な広告費の増加につながる可能性があります。
高LTVが期待される優良顧客の獲得
Cookie規制の強化により、従来のターゲティング広告の運用が難しくなる中、高LTVの優良顧客を効率的に獲得する方法が求められています。また、成約しやすいユーザの定義が曖昧であったり、顧客獲得単価(CPA)の改善策が限界に達していたりするなどの課題もあります。
この解決策として、自社の会員情報や購買データ(1stパーティデータ)を活用し、高LTVが期待される顧客を特定するモデルを構築する方法が有効です。顧客のセグメントごとに最適なメッセージを設計することで、優良購買層への移行を促進する効果があることは既に示しましたが、モデルの分析結果を広告媒体のカスタマーマッチと連携させることで、類似した特性を持つ新規顧客を獲得し、より効果的なマーケティングの実現が可能になります。加えて、昨今では Google のP-MAXキャンペーンにモデルの分析結果をシグナルとして連携することで、P-MAXキャンペーンの早期立ち上がりを実現することも考えられます。
2.4 スコア(確率)を軸にした判断の重要性
先に説明したとおり、マーケティングでは、「購入の有無」や「優良顧客かどうか」といった分類が行われますが、モデリングにおいてこれらを数値化する作業を「スコアリング」と呼びます。スコアとは、確率と同義の表現であり、顧客の購買傾向を定量的に評価するものです。
モデルの活用方法には、大きく二つの方向性があります。一つは「要因の定量化(把握)」で、購買したユーザの特徴をプロファイル化し、広告やCRM施策に活用する方法です。もう一つは「予測」で、スコアの高いユーザを特定し、広告を通じて類似した新規顧客を獲得することを目指します。スコアを判断基準として活用する意義は大きく、購買者の行動を単一の要因で説明するのは難しいため、複数の要因を統合しスコアという指標に置き換えることで、より明確な意思決定が可能になります。
2.5 モデリングによる顧客分析の三ステップ
マーケティングにおける顧客分析の流れとして、まず購買に影響を与える要因(説明変数)を特定し、モデルを構築します。
このプロセスは以下の三つのステップで進めます。
STEP 1:要因の洗い出し
担当者の知見や経験をもとに、購買に寄与する可能性のある要因をリスト化します。この段階では、性年代や地域などのデモグラフィック情報、過去の購買履歴、営業活動の状況、製品理解度やブランド好感度など、さまざまな要因を候補として挙げ、経験則に基づく仮説を立てます。
STEP 2:基礎分析
リスト化した要因について、基礎分析を行い、モデル構築の実現性を確認します。例えば、顧客の購買履歴や営業提案の回数が成約率にどの程度影響しているかを検証し、統計的に有意な相関関係があるかどうかを分析します。この段階では、散布図や分布図を用いて、各要因の影響を視覚的に把握し、不要な要因を除外することで、より精度の高いモデルを構築できるようにします。
STEP 3:重要な要因の定量化と選定
基礎分析の結果をもとに、購買に寄与する要因を定量化し、最も影響力のあるKPIを選定します。このプロセスでは、各要因の寄与度を数値化し、購買確率が高い見込み顧客を特定します。たとえば、「性別が購買に与える影響は全体の5%」「過去の購入履歴がある場合の購買確率は全体の20%」「提案回数の影響は全体の15%」などの指標を算出します。こうして特定した要因をもとに見込み顧客のスコアリングを行い、広告配信やCRM施策に活用します。さらに、広告媒体のカスタマーマッチ機能と連携すると、類似した特性を持つ新規顧客の獲得を図り、より効果的なマーケティング施策へとつなげられます。
3. 顧客データから確かな価値を導き出す
データ活用を効果的に進めるには、段階的に高度化させていくことが重要です。まずは基本的なセグメント分析と施策展開から始め、効果検証を重ねながら、より高度なモデルへと発展させるアプローチが現実的です。しかし、このプロセスを自社内で進めることは容易ではありません。
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