INCUDATA Magazine_000239_「経産省と東証が選ぶDX銘柄」から読み解く - シリーズ②金融DXの行方

「経産省と東証が選ぶDX銘柄」から読み解く - シリーズ②金融DXの行方 -

目次

DX銘柄」(*1)は、経済産業省と東京証券取引所(東証)がデジタルトランスフォーメーション(DX)に意欲的に取り組む企業を毎年認定し、公表する制度です。2015年にスタートした「攻めのIT経営銘柄」の後継として2020年から始まりました。本稿では、その最初の認定となる「DX銘柄2020*2)」の選定企業三十五社の取り組みを参考にしながら、業界ごとのDXのトレンドをご紹介いたします。

今回は金融業界のDXにスポットをあてます。

DXへと向かう金融業界

低金利の長期化や経済成長の停滞、規制緩和による異業種の参入など、日本の金融業界は長らく難しい経営環境に置かれてきたとされています。

実際、金融庁のデータを見ると業界の中心を成す主要銀行は、融資などのコア業務の利益(資金利益)が長期にわたり伸び悩んでいるようです(図1)。金融庁の報告によれば主要銀行は新型コロナウイルス感染症の感染拡大においても与信関係費用(不良債権の処理に伴う費用)が上昇するなどの影響を受け、2020年9月期(4月から9月の半期)の純利益が前年同期比で32.5%減少しているといいます(*3)。金融業界のもう一つの柱である保険業界も市場での競争が激しさを増し、利益の面での低成長を続けています。

1:日本の銀行の損益推移

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*A:主要銀行に含まれるのは、みずほフィナンシャルグループ、三菱UFJフィナンシャルグループ、三井住友フィナンシャルグループ、三井住友トラストホールディングス、りそなホールディングス、新生銀行、あおぞら銀行。

出典:金融庁のデータをもとに編集部で作成

このような状況を受け、金融庁をはじめとする行政府が重点施策の一つとして過去数年来取り組んできたのが金融のDXです(*4)。金融庁によれば2011年ごろから欧米やアジアの主要新興国を中心にFinTech(フィンテック)企業への投資が拡大し、世界における投資額は2015年時点で2011年の八倍にあたる191億ドル(約2兆円)に上っていたといいます。そこで同庁では「利用者中心の新しい金融サービスの実現」をテーマに、2015年から日本におけるFinTech市場の拡大支援に本格的に乗り出し、銀行などによる金融関連IT企業への出資の容易化や仮想通貨に関する法整備に着手したほか、庁内に「FinTechサポートデスク」を設置して、FinTech企業の相談窓口を一本化して対応する体制を敷きました。あわせて金融機関とFinTech企業との連携・協業を支えるオープンAPIの普及にも力を注ぎ、同庁が20198月に公表した行政方針資料「利用者を中心とした新時代の金融サービス~金融行政のこれまでの実践と今後の方針~」(*5)によれば、20196月時点で日本の銀行九十九行がオープンAPIを採用しているといいます。さらに、同じ行政方針資料の中で同庁では「データの利活用により利用者の利便性や生産性の向上につながる金融サービスを創出していくこと」が重要であるとあらためて訴え、利用者ニーズに即した金融サービスが提供されるよう、データの利活用に関する金融機関の戦略的取り組みを促進するとしています。

このような行政府の積極性と市場の変化に対応する必要性から、金融業界では大手を中心に事業変革に向けたDXに積極的に取り組んできたといえます。

DX銘柄2020」では、金融業界から株式会社りそなホールディングス、SOMPOホールディングス株式会社、株式会社大和証券グループ本社、リース業の東京センチュリー株式会社の4社が「DX銘柄」として選ばれています。

DX銘柄2020」のレポート(*2)によれば、りそなホールディングスはDXを通じた「リアルチャネル」と「デジタルチャネル」の融合によって顧客中心の次世代型リテールサービスの構築を目指しているといいます。20182月から「銀行を持ち歩く」をコンセプトに良質なUI(ユーザーインターフェース)・UX(顧客体験)を追求した「りそなグループアプリ」をリリースし、20206月時点で260万ダウンロードを達成したようです(*6)。データとテクノロジーによる社内業務の効率化にも力を注ぎ、顧客の利便性向上と店舗のローコスト運営の両立を目指してセミセルフ窓口端末「クイックナビ」を使った店頭業務改革も推進しています。

SOMPOホールディングスにおけるDX戦略の特色は「保険ビジネスのデジタル化によって自社がディスラプト(破壊)される(可能性がある)」という危機感を前提に、データとテクノロジーによる「保険が必要とされないような安全・安心な社会づくり」を目指している点です(*6)。この大目標のもと、同社は201911月にビッグデータ解析プラットフォームを提供する企業「Palantir Technologies Japan」を米国Palantir Technologies Inc.と共同で設立しています。この新会社は、大企業・公共機関が保有するデータの統合・分析・運用を支援して「安心・安全・健康」のサービスを提供していくとしています。また、SOMPOホールディングスでは各国の拠点と連携して現地のスタートアップ企業とオープンイノベーションを推進する体制も築いています。この体制を通じてグループ全体のデジタル化を推進するのとあわせて、サイバーセキュリティやヘルスケア関連のサービスをリリースしています。

東京センチュリーは「金融を主体としたリースビジネスからの脱却と事業領域の拡大」を目標として掲げ、DXに早い時期から取り組んでいる企業です(*6)。2015年の初回の「攻めのIT経営銘柄」から「DX銘柄2020」に至るまで六年連続で銘柄に選定されています。「DX銘柄2020」で評価された取り組みは、シンガポールにおいて自動車ローンの申し込みプロセスを自動化する「Web申し込み・自動回答システム」を始動させたことです。また、国内ではRPAの応用によって社内業務を年間約八千時間分(約九万件の作業)の自動化に成功したといいます。

大和証券グループ本社では、中期経営計画「“Passion for the Best”2020」におけるIT化の戦略目標として「DXを牽引するITプラットフォームの整備」を掲げ、推進しています(*6)。同社がDXで主に目指しているのはビジネスモデルの進化です。この目的のもとで20207月にはデジタルネイティブ世代の若年層が資産形成を行うための新しい金融サービス「CONNECT」を始動させています。一方で、20202月には全社員にモバイル型業務端末を貸与し、いつでもどこでも働けるロケーションフリーな職場環境を整備したといいます。この端末では新規口座開設などの各種申し込みをペーパーレスで受け付ける機能も備えているようです。

これら四社の取り組みは各社さまざまですが、データとテクノロジーを活用してサービス利用者中心の事業モデルの構築や接点強化を実現しようとしている点で共通しています。SOMPOホールディングスに至っては、保険に入る顧客が本当に欲していることは何かを起点に自社の業態自体を変容させ、保険商品も扱うテクノロジーカンパニーへの転身を図っているようにも見えます。

こうした企業の動きを見る限り、金融庁が政策目標として掲げる「利用者を中心とした新時代の金融サービス」を追求するDXの試みは、大手金融機関の間ではかなりのレベルまで浸透しているといえそうです。

金融DXの過去と近未来

そこで「攻めのIT経営銘柄」の2015年と17年、そして19年の結果をサンプル的にピックアップし、各年で選ばれた金融機関の取り組みについてまとめました。それが図2です。

2:「攻めのIT経営銘柄」における主な選定金融機関と取り組みの概略

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「攻めのIT経営銘柄」で選ばれる企業数は例年三十社前後と少なく、各業界におけるDXのリーティングカンパニーが数社ずつ選ばれてきました。そのため、同じ企業が幾度も選ばれることも多く、図2からもその傾向が見てとれます。決まった顔ぶればかりとはいえ特に問題があるわけではなく、かえって業界におけるDXのトップランナーの動きを正しく追うことが出来ます。

「攻めのIT経営銘柄」に選ばれた三社の取り組みをみると、先進的な金融機関の間では旧来システムや社内業務改革と併せて、テクノロジーを使った顧客との接点強化や顧客データ分析を商品開発に生かすといった試みが2015年の時点でスタートしていたことが分かります。

2016年から2019年にかけては、IoTAIといったテクノロジーをメインの業務やサービスの改革に活用する動きが活発化し、同時にスタートアップ企業やベンチャー企業といった外部の力を取り込み、サービスの変革に生かそうとする取り組みも進展し始めています。

こうした動きが2020年につながり、今日につながっています。大手銀行の間では今後もIoTAIによってデータを収集・分析して金融サービスの変革に生かすという試みが当たり前のDX施策として展開され、その動きが地方銀行を含む日本の全ての銀行に波及していく可能性は高いといえます。実際、三井住友フィナンシャルグループの2015年の取り組みにタブレット端末をセールスパーソンに携帯させ、顧客との接点強化に生かすとありますが、厳格なセキュリティ基準のある銀行では旧来、社用のスマートデバイスをセールスパーソンが持ち歩き、顧客との契約や交渉ごとの効率化に活用するようなケースはほとんどありませんでした。それが三井住友フィナンシャルグループなどの取り組みをきっかけに、セールスパーソンにスマートデバイスを携帯させて、業務効率と顧客満足度をともに高める試みは地方銀行に波及しつつあります。

大手損保の間でも、顧客から収集したデータを用いたサービスの変革・高度化の取り組みがこれからも続くものと予想されます。一方で、2015年の「攻めのIT経営銘柄」から「DX銘柄2020」の六年間を通じて生保業界からは一社も選ばれていませんが、生保業界でもデジタルチャネルを通じて顧客との継続的なつながりを維持し、セールスに生かすといったDXの取り組みが始まっています。

加えて、コロナ禍の影響から金融サービスのデジタルシフトの必要性がさらに増していることから、金融業界のDXはさらに加速することが予想されます。金融庁が20208月に公表した「令和2事務年度 金融行政方針(*7)」でも「デジタル技術により利用者の課題を解決し、付加価値を創出できるよう、規制上の制約の解消等に取り組む」「書面・押印・対面を前提とした業界慣行の見直しや、決済インフラの高度化・効率化を推進する」「コロナ後の社会にふさわしい顧客本位の業務運営の更なる進展を目指す」といった事項が重点施策として示されています。

DXで先行する企業のみならず、金融業界のあらゆる企業のDXが猛スピードで進みそうな気配です。

DX銘柄とは

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経済産業省は2015年から東京証券取引所と共同で、中長期的な企業価値の向上や競争力の強化のために、経営革新、収益水準・生産性の向上をもたらす積極的なIT利活用に取り組んでいる企業を「攻めのIT経営銘柄」として選定してきました。2020年からは、デジタルテクノロジーを前提として、ビジネスモデルなどを抜本的に変革し、新たな成長・競争力強化につなげていくDXに取り組む企業を「デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)」として選定しています。

■DX銘柄におけるDXの定義

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」

■参照:DX銘柄/攻めのIT経営銘柄

https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/keiei_meigara/keiei_meigara.html

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