「経産省と東証が選ぶDX銘柄」から読み解く - シリーズ④製造DXの行方 -

DX銘柄」(*1)は、経済産業省と東京証券取引所(東証)がデジタルトランスフォーメーション(DX)に意欲的に取り組む企業を毎年認定し、公表する制度です。2015年にスタートした「攻めのIT経営銘柄」の後継として2020年から始まりました。本稿は、その最初の認定となる「DX銘柄2020*2)」の選定企業三十五社の取り組みを参考にしながら、業界ごとのDXのトレンドをご紹介いたします。
本稿では製造DXにスポットをあてます。

製造業は日本のGDP(国内総生産)のおよそ二割を占める経済の主柱です。経済産業省の調べ(*3)によれば、製造業界は最大の貿易相手国である中国の急速な経済成長を背景に2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災の危機を乗り越え、2012年から2017年まで全体的に上向き傾向にあったといいます。

ところが、2018年に米中の貿易摩擦が深刻化し、中国経済の伸びが鈍化したあおりを受けて日本の製造業全体の営業利益や景況感がともに下降し始めました。その中で新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の流行が拡大し、各国がロックダウンを行ったことでグローバルサプライチェーンが世界の各所で寸断され、大手製造を中心にグローバル戦略の抜本的な見直しを迫られるほどの大きな影響を受けたと経産省は報告しています。加えて、米中対立の長期化や以前から進む非連続的なテクノロジー革新の流れ、コロナ禍をきっかけにした各国の保護主義的な動きが絡み合い、日本の製造業を取り巻く環境はかつてない規模と速度で変化し、サプライチェーンの不確実性も高まっていると経産省では指摘しています。

このような不確実で変化の激しい時代を製造業者が勝ち抜く術(すべ)として、経産省が以前から唱えてきたのがDXの推進です。例えば、IoTAI(人工知能)などのデータとテクノロジーの活用によって「研究開発」「製品設計」「工程設計」「生産」から成る「エンジニアリングチェーン」と「(部品・部材・製品)受発注」「生産管理」「生産」「流通」「販売」「保守・アフターサービス」のプロセスから成る「サプライチェーン」の変革を推し進め、二つのチェーンをシームレスにつないで市場・顧客ニーズの変化に即応するための「生産の最適化」「マスカスタマイゼーション」「新たな付加価値創出」を実現していく──。それが、経産省の掲げてきた製造DXのモデルケースです(図1)。

1:経産省が掲げている製造DXのモデルケース

図版3点_DX銘柄記事③製造DX-01.jpg

参考:経済産業省「2020年版ものづくり白書(ものづくり基盤技術振興基本法第8条に基づく年次報告)」のデータをもとに編集部作成
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2020/honbun_html/honbun/101031_1.html

このような製造DXの考え方は、ドイツ政府が2012年に打ち出した「Industry 4.0」と同様のもので、Industry 4.0に続けて日本政府が打ち出した近未来社会のコンセプト「Society 5.0」の中でも提示されてきたものです。

日本の製造業はこれまでも、生産現場の継続的なカイゼン活動によって生産効率を上げてきましたが、製造DXの考え方は、生産の効率を上げるだけではなく、顧客ニーズを中心に据えながら、エンジアリングチェーンとサプライチェーン全体の最適化を図っていくというものです。その点で旧来のカイゼン活動とは異なっています。また、製品を作って売るだけではなく、保守・アフターサービスなどを通じて自社の製品を購入した顧客と継続的につながり、自社の製品を使う顧客が本当に求めていることは何かをデータで突き止め、新しい付加価値の創出につなげていく点も製造DXの特徴的な考え方です。この考え方が根底にあるために、製造DXは「モノづくり」から「コトづくり」へのシフトを実現する取り組みともされています。

ドイツ政府がIndustry 4.0のコンセプトを打ち出して以降、日本でも大手製造を中心にDXの取り組みが活発化してきました。実際にはどうなのでしょうか。まずは「DX銘柄2020」を参考にしながら、日本の製造DXをリードする企業の取り組みについて見ていきます。

DX銘柄2020」選定企業に見る製造DXの最前線

DX銘柄2020」では数多くの製造業者が「銘柄」に選ばれています。その中から主として企業向けの製品を扱っている製造業者のDXの取り組みをまとめたのが図2です。

2:「DX銘柄2020」で選ばれた製造業者の主な顔ぶれ

図版3点_DX銘柄記事③製造DX-02.jpg

この図でまず注目いただきたいのは「DX銘柄2020」のグランプリ企業でもある小松製作所(以下、コマツ)の取り組みです。

同社は日本を代表する建設機械(建機)メーカーですが2001年にIoTを使った遠隔機械稼働管理システム「コムトラックス(KOMTRAX)」を自社の建機に標準装備させています。つまり同社では、販売した製品の使用状況・状態をIoTで収集して付加価値サービスの創出・展開に生かすというDXの取り組みを、Industry 4.0の概念が世の中に登場する十年以上も前に始動させ、市場での競争優位を確立してきたわけです。

自社製品の使われ方をデータで追跡・把握するというKOMTRAXの取り組みは今日、データとテクノロジーによってコマツの顧客である建設業者・建設業界の課題を包括的に解決する「スマートコンストラクション」事業へと発展しています。この事業では、年々深刻化していく建機オペレーター不足の問題を解消するために、建機の自動化・自律化・遠隔操縦のソリューションに磨きをかける一方で、現場から収集したデータの活用によって建設施工オペレーションを最適化するDXの取り組みが展開されています。

DX銘柄2020」に選ばれた他社の取り組みを見ると、テクノロジーによるエンジニアリングチェーンの変革と併せて、コマツのようにデータを使った付加価値サービスの提供に乗り出している企業が多くあることも分かります。製造DXで日本の先端を行く企業は、経産省が掲げてきた製造DXのモデルケースに近い取り組みに力を注ぎ始めているようです。

顧客データ活用で市場における競争優位を確保する上では、顧客データの収集能力に優れていることが前提になります。その観点からDX銘柄2020に選ばれた企業を見ると、ほぼ全てが各分野をリードする製造業者であり、扱う製品が企業向けか一般消費者向けかによらず、すでに多くの顧客を擁しています。その点で、各社とも大量の顧客データを収集できる力を持っていると見なすことができ、そのアドバンテージを新たな付加価値やサービスの創出による事業変革に本格的に生かし始めたといえるかもしれません。

生産カイゼンからDXへ 製造業におけるデータ活用の変化と今後

製造業界では先進的な大手を中心に顧客データの収集と活用による事業の変革に力を注いでいます。では、その域に達するまでに大手製造のデータとテクノロジーの活用のあり方はどのように変化してきたのでしょうか。「DX銘柄」の前身で2015年から行われている「攻めのIT経営銘柄」に選ばれてきた企業の取り組みを追いながら、製造DXのトップランナーの施策がどう変化してきたかについて確認してみます。

3は「攻めのIT経営銘柄」に選ばれた製造業者の取り組みを2015年、17年、19年の各年でまとめたものです。

3:「攻めのIT経営銘柄」の選定企業とDXの取り組み

図版3点_DX銘柄記事③製造DX-03.jpg

全体を見ると、製造DXに先駆的に取り組んできたコマツをはじめ、その競合に当たる日立建機、一般消費者に向けた製品も扱うブリヂストン、富士フイルムホールディングス、ニコンといった一部の企業を除き、製造大手のDX戦略の軸足は新たな付加価値やサービスの創出ではなく、生産プロセスの改善やエンジニアリングチェーンの変革、社内業務改革などに置かれていたことがわかります。その軸足が徐々に顧客データ活用を中心にした新たなサービスや付加価値の創出(つまりは、事業変革)へとシフトし、先に触れた「DX銘柄2020」の選定結果に反映されたといえます。

こうした大手製造の動きが今後、製造業界全体に波及していくことが予想されますが、それがどういったペースで進むのかは見えにくい状況といえます。

経産省の「2020年版ものづくり白書」(*3)によれば、201912月時点で生産設備の稼働状況に関するデータ収集を行っている製造業者は5割程度とそれほど多くはなく、IT投資の目的も「業務の効率化・コスト削減」「旧来型の基幹システムの維持・管理」に軸足が置かれ、「新製品・サービスの提供」「顧客行動・市場分析」を目的にIT投資を行っている製造業者は一割程度だったといいます。この状況を踏まえると大手製造の先進的なDXの取り組みが業界全体に波及するまでには、相応のときを要する可能性があるといえます。

2020年版ものづくり白書」によれば、IT投資の目的には「不測の事態に対する柔軟性・俊敏性を重視する企業」と「平時の際の効率性・生産性を重視する企業」との間に違いもみられ、前者の企業は後者に比べて「ビジネスモデルの変革」をIT投資の目的に据える割合が圧倒的に多く二割を超えています。

コロナ禍を境に日本の製造業全体が不測の事態への柔軟・俊敏な対応を重視する方向へと傾斜していけば、データとテクノロジーによってビジネスモデル(事業モデル)の変革を図ろうとする企業が一挙に増える可能性もあります。

単一のビジネスモデルの中で業務プロセスや生産プロセスの効率性を追求していても、非連続的なテクノロジー革新によって、モノの作り方や売り方のトレンドがあるときを境にガラリと変容してしまう可能性があります。同様にテクノロジー革新によって参入障壁が高いとみられていた特定ジャンルの製品市場への参入が容易になり、その機に乗じた新手の競合相手によって価格破壊が引き起こされ、顧客が奪われてしまう事態はいつでも起こりえます。

DXは、そのような不測の事態への対応力を高めるのと同時に、自ら変革をしかけるための一手であり、製造業がサステナビリティ(持続可能性)を高める上で避けては通れない取り組みといえます。だからこそ、市場で確固たる地位を築いてきた大手製造事業者が熱心に取り組んでいるともいえます。そう考えれば製造DXの潮流は、そのペースがどうあれ今後着実に大きくなるのは間違いなく、その中で優位に立つには可能な限り早いタイミングでDXに本格的に乗り出すことが重要といえそうです。

DX銘柄とは

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経済産業省は2015年から東京証券取引所と共同で、中長期的な企業価値の向上や競争力の強化のために、経営革新、収益水準・生産性の向上をもたらす積極的なIT利活用に取り組んでいる企業を「攻めのIT経営銘柄」として選定してきました。2020年からは、デジタルテクノロジーを前提として、ビジネスモデルなどを抜本的に変革し、新たな成長・競争力強化につなげていくDXに取り組む企業を「デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)」として選定しています。

■DX銘柄におけるDXの定義

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」

■参照:DX銘柄/攻めのIT経営銘柄

https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/keiei_meigara/keiei_meigara.html

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